聖天浴油法〈中院・三憲〉

価格(税込)
9,504

編著
北野宥範(編)
体裁
折本(145105ミリ)、緞子装、162頁
ISBN
9784-88414-127-1
発行日
2011年9月

本次第は…

 障礙を怖れる徒(いたず)らな敬遠を排し、真言行者としての、如法で懇切なる祈念を凝らした篤実の供養法を修するために行者待望、浴油法の秘奥を一挙に掲載!速疾甚深の効験をもたらす「聖天浴油法」を、如法にして重々の供養法次第に編纂しました。

本次第について(解説より抜粋)

【聖天行者の心得】
 聖天、すなわち 大聖歓喜天の浴油法といえば、密教秘法中の秘法といわれ、その功徳の深重なることと共に、障礙の大なる事が弘宣されるために、「怖い尊」「むやみに関わってはならない尊」という誤認が取り沙汰されているようである。
 編者は長年に亘り『仏法護持の尊たる聖天に対して何故にその障礙を怖れる必要があろうか。至心に功徳を信じ祈りの対象として崇めるべきことにおいて他の尊と全く変わりないはず』と考え続けていた。もし、行者としての懇(ねんご)ろな祈りを捧げ、如法なる修法の座を設けても、なおかつ障礙が起こるのであれば、もはや仏法護持の尊ではないことになる。
 但し、彼(か)の慈雲尊者をはじめ多くの先徳の教示にあるとおり、天部尊を拝むことにおいて菩薩・如来の場合とはおのずから異なるものがあることは意得ておかねばならない。このことは我が恩師・学明大和尚からも度々注意を促(うなが)されていたことであるが、天部共通の口訣に、行法に当たって行者は先ず、『金剛薩の観を成す』大事が説かれていることからも計り知ることができる。
 すなわち、障礙を怖れての徒(いたず)らな敬遠を排して、ひとたび密教行者として修法の場に臨(のぞ)むからには、自らを金剛薩として観ずることで、仏法護持尊たる天部尊を教令するほどの気迫と篤信を貫くことにこそ、行者としての本分があるのである。  (後略)

大聖歓喜双身天王について(解説より抜粋)

 含光記には二頭の像を説く。一は二天象頭人身、相抱きて正立す。左天は天華冠を着け象牙短く目細く、赤袈裟を着し、身は白肉色、右天は面目不慈、鼻長く目広く、天冠及袈裟を着せず、ただ黒色衣を以て頸肩に纏うのみ。身色赤黄、面を女天の面に着けて愛着の相をなす。是の像は権実の相を顕す也。
 二は二天相抱きて正立し、男天は面を女天の右肩にかけて女天の背を視、女天も亦面を男天の右肩にかけて男天の背を視る。二天とも法衣天冠なく本毘那夜迦の身を現す、ただ目細く牙短きを女天とす。(後略)(『密教大辞典』より抜粋)