荼吉尼天供〈付―荼吉尼天露地法〉

価格(税込)
9,504

編著
羽田守快(編)
体裁
折本(145×105ミリ)、緞子装本、82頁
ISBN
978-4-88414-174-5
発行日
2015年9月

本書について

 往昔の稲荷信仰の本地とも言うべき荼吉尼天に、自然智の功徳力を感得した編者が、永年の修法体験を踏まえて公開する待望の次第。

編者のことば

 本書は編者が平素行じている作法を次第書に編集したもので、諸師各々の功夫・私案により自家薬籠中のものとせられんことを願う。
 殊に真言および作法の名称等は台密に拠っているため、東密の行者諸師においては宜しく換骨奪胎せられて、各自の流派相応の作法にて修されたい。巻末掲載の〈解説〉も参照のこと。

荼吉尼天供について(巻末解説より抜粋)

 日本の代表的庶民信仰である稲荷信仰と深い関係にあるのが荼吉尼天である。
 稲荷社の修理のために開扉したところ、その御神体が実は荼吉尼天だったという話はしばしば聞かれるところだ。こうした関係が意外に知られていないのは、神仏分離令で習合色の強い稲荷社から仏教色が一掃されたためである。
 そのためか一般的には荼吉尼天の名を知る者は少なく、大黒天や毘沙門天や弁才天といった福神と比べて知名度は遠く及ばない。稲荷信仰の表の顏が行き亙(わた)り過ぎて、その根底の荼吉尼天の顏が隠されてきたからに違いない。
 荼吉尼天は胎蔵曼荼羅外院に見られる半裸行の鬼神だが、日本の荼吉尼天には弁才天や吉祥天のような美しい天女形の姿が多い。狐が美女に化けるという連想のせいだろう。
 『源平盛衰記』によれば、平清盛が野狩で見つけた美しい女性が貴狐天王つまり荼吉尼天だった。そこでその後の平清盛の栄華は荼吉尼天を拝んだおかげだという伝説が生まれる。貧乏だった清盛は、「貧」は荒神の怒れる所作であり、これを鎮めるには弁才天の応作(おうさ)としての荼吉尼天を拝むに如(し)かずと考えたというのだ。
 このような発想はある意味では非常に理解しやすい。狐に付された妖しい霊力のイメージと、天部の持つ甚大な現世利益の功力とは、容易に結びつきやすいからである。
 ところが荼吉尼天をあくまでも狐という動物の精として考え、それを礼拝することを幼稚で野蛮な行為と決めつけて荼吉尼天信仰を否定する傾向が密教徒の中にまであることは嘆かわしいことと言わねばならない。そこで次に荼吉尼天信仰の意義について述べておきたい。(後略)

本次第の構成

  • 荼吉尼天供
  • 荼吉尼天露地法

  • 【付録】荼吉尼天眷属印言/須臾成就福徳刀自女経

    著者紹介

    羽田守快(はねだしゅかい)
    昭和32年東京に生れる。昭和54年・大福生寺白戸快昇師の室に入る。天台寺門宗に在籍し園城寺学問所員。本山布教師。修験正先達位。金翅鳥院住職。
    【著書】『行者祈禱秘巻』『実占宿曜経秘密瑜伽占星法』『天部信仰読本集』『密教動物記』他多数。