仏教俳句歳時記(バックナンバー)

さゞれ蟹足はひのぼる清水哉  芭 蕉

 さざれ蟹は小さな蟹のことで「さざれ石」、「さざれ波」なども同じ使い方です。芭蕉が清水に足をひたしているとき、沢蟹が足に這い上がってくる様子を詠んだもの。
 「夏のことで熱する足を清水に浸すと頭まで瞭乎としてくる、いい気持ちだ。……そして気がつくと脛のところがむず痒い感じがする。なにげなく見ると一匹の小さい蟹がいつの間にか脛を這い上っている。彼は微笑みがひとりでに上ってくることを感じ、くすぐったい感じはするがすぐ払い落とす気にはなれぬ。この一場面の寂寞は天下の寂寞である、かき乱すことは彼の厭うところである」(室生犀星『芭蕉襍記』)
 このように一匹の小さな蟹に親しむ中にも、天下(宇宙)の寂寞に通じることがあるのです。

     

たえず人憩ふ夏野の石一つ 正岡子規

 夏の広々とした野原のなかに、遠くまで続く道があり、その道のほとりに一つの石がある。その石は人が座るのに適した大きさなので、旅する人がそこを通るたびに、ひとときの間、休んでいく。
 一人の旅人がそこを立ち去ると、まもなくして別の旅人が来てまた休んでいく。そうして人々が入れ替わり立ち替わり休んでいく、夏野の中の一つの石。それは今もあるなら、今も同じように人々の休憩処となっているに違いありません。石のよさは、いつも静かにそこにあり、飽きることがない所です。
 「石が寂しい姿と色とを持つてゐるから人間は好きになれるのだが、反対のものであつたら誰も石好きにならないであらう。その底を掻きさぐつて見たら石といふものは飽かないものであるからである」
(室生犀星「石について」)
     

蓮に乗る凡夫が夢や明易き 昨 非

 浄土教は、阿弥陀仏の浄土に往生する人は、蓮華座(蓮台)の上に身を托すると説きます。
 しかし浄土の蓮に乗ることを願っても、凡夫にとっては、明けるのが早い夏の夜の夢にすぎない、というもの。「明易し」は「短夜」と同じく、夜が短い夏をいう。仏教では無明長夜といって、凡夫の無明の夜は長く続き、なかなか覚めないのですが…。
 凡夫の夢は、たとえばこんなものです。
 酒が飯より好きというある人、夢の中に冷酒が出てきたので燗にしてもらおうと思い、妻を呼んだ。しかし、なかなか妻は来ない。
 そこで「おい、何をしてるんだ」と立ち上がった時に徳利を倒してしまい、酒が畳の上に流れ出した。
 それで目が覚めて、「ああ、惜しいことをした。こういうことなら、早く冷やで飲むんだった」
     

風に乗つて軽くのし行く燕かな  夏目漱石

 「軽くのし行く」という表現に、つばめが空にアイロンをかけて空気をスーッと伸ばしていくような趣が感じられます。「のす」は伸びる、のび広げるという意味で、しわをのばす、薄くのばすこと。燕が曲線を描いて軽やかに空を飛ぶさまが、うまく表されています。
 次も漱石の句です。
 思ふこと只一筋に燕かな
 ついでに、燕に関する俗信を紹介しましょう。
「燕が低く飛べば雨降る」
「燕が巣を作るとその家は繁盛する」
「燕の巣を取れば貧乏になる」
 では、「蝙蝠が燕を笑う」という諺の意味は?
 自分の欠点に気づかず、他人の似たような欠点を笑うこと。「目糞が鼻糞を笑う」と同じです。
     

一作善あらず春行く悔みかな 田中田士英

 今年は何か一つでも善いことをしようと年頭に誓ったのに、何も実行できずに春が終わろうとしている、という後悔を述べたもの。
「作善」は仏教語で、「心をこめて善根を積むこと。仏に供養し、僧に施し、像を立て、写経をするなど」(中村元『仏教語大辞典』)
 仏教では「止悪作善」といって、悪い行いをしない止悪と、積極的に善行をおこなう作善があります。それを簡潔に表した教えが次の「七仏通戒の偈」で、すべての仏教徒が守るべき教えです。
 諸悪莫作 もろもろの悪を作すこと莫れ
 衆善奉行 もろもろの善を行い
 自浄其意 自ら其の意を浄くせよ
 是諸仏教 是が諸仏の教えなり
     

春の夜はたれか初瀬の堂籠り 〔曾 良〕

 初瀬は、奈良県桜井市初瀬にある長谷寺(真言宗豊山派総本山)のこと。寺のお堂に籠って祈願し、また修行することを堂籠りといいます。
 次の芭蕉の句も、「初瀬」と前書きがあり、長谷寺に堂籠りする人を詠んでいます。
 春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
 長谷寺は、西国三十三所観音霊場の第八番札所で、本尊は十一面観音。「長谷の観音は平安朝以来、特に恋に悩む女人の信仰を集めた」(大岡信『第三折々のうた』)とあり、このことからも、春の夜の初瀬の堂籠りは、信心深い女性がふさわしいと思われます。
 作者の河合曾良は蕉門の人で、「おくのほそ道」の旅など、芭蕉に随行して諸国を旅しています。
     

如月の花に乏しき法会かな  〔北 斎〕

 如月は、旧暦二月の異称で、衣更着とも書きます。衣更着は、余寒のために衣服を更に加える意味であるという説と、木や草の芽の発り出す月「草木初月」(賀茂真淵の説)という説があります。
 如月は春とはいえ、まだ月の半ばまでは肌寒い日も続き、咲く花の種類もそう多くはありません。その時節に行われる法会を「花に乏しき」と形容したわけです。
旧暦二月の代表的な法会には、修二会と涅槃会があります。
  きさらぎは梅咲くころは年ごとに
    われのこころのさびしかる月 若山牧水
 句の作者は浮世絵師として知られる葛飾北斎(一七六〇~一八四九)。
 人魂でゆく気散じや夏野原
は、辞世の句としてよく知られています。
     

あねいもと初観音へ手を結ぶ  〔西尾桃子〕

 観音さまのご縁日は毎月十八日です
(前日の十七日を縁日とする寺院もあります)。
 想像ですが、まだ幼い姉妹が観音様の前で手を合わせる姿を見て、お母さんが作った句という気がします。また姉妹ふたりが手を繋いで初観音に詣でる姿に、観音さまとの縁を結ぶ意味も含まれているのでしょう。
 夫婦・恋人同士・兄弟、何でもいいですが、ふたりが揃って神仏の前で合掌することは、神仏と心を交わせると同時に、ふたりの心を通い合わせることでもある、と言えそうです。
 実は観音さまが一番願っておられるのは、人と人の心が通い合うことなのでしょう。
 仲よき事は美しき哉    武者小路実篤
     

肌寒しおのが毛を噛む木葉経 〔蕪 村〕

 「下総の檀林弘経寺という寺に、狸が書写した木の葉のお経があった。これを『狸書経』と云って、念仏門に大変珍重された」と作者自ら解説している。
 同寺(浄土宗)の縁起によれば、狸が僧に化けてこの寺にいたが、狸であることを見破られて、自ら死ぬとき、書き残したものがこの〈木の葉経〉で、住職の外、他見を許さずという。
 己が毛は狸の毛のことで、その毛を筆にして書写したというわけです。蕪村は三十代のころ関東の各地を遊歴し、結城の弘経寺のあたりに一時、寓居していたといわれます。また狐、狸の怪異変化が好きだったようで、
  秋のくれ仏に化(ばけ)る狸かな
  化(ばけ)さうな傘かす寺の時雨かな
などの句があります。      

渋柿を食ふて羅漢の何番目 〔水 声〕

 十六羅漢の何番目かの羅漢が、渋柿を食べたような顔をしている、と見たのでしょう。
 羅漢は正しくは阿羅漢、インドの言葉の「アルハン」を音訳した語です。意訳して「応供(供養を受けるにふさわしい人)」といいます。
 十六羅漢の名前はあまり知られていないので挙げておきましょう。なお、漢字や読み方はこれに限りません。
 賓度羅跋羅堕闍(ひんどらはらだしゃそんじゃ)・迦諾迦伐蹉(かだかばしゃ)・迦諾跋釐堕闍(かだばりだしゃ)・蘇頻陀(そびんだ)・諾矩羅(なくら)・跋陀羅(ばつだら)・迦理迦(かりか)・伐闍羅弗多羅(ばじゃらふつたら)・戍博迦(じゅうばが)・半托迦(はんだか)・羅怙羅(らごら)・那伽犀那(なぎゃさいな)・因掲陀(いんかだ)・伐那波斯(ばつなはし)・阿氏多(あしだ)・注荼半迦(じゅうだはんだが)。
 しかし羅漢像を見ても、どれがどの名前なのか、よくわからない場合が多く、だから羅漢の何番目としか言いようがないわけです。      

線香や ますほのすゝき 二三本 〔蕪 村〕

 蕪村が俳人太祇の十三回忌追善の俳諧に出かけようとした時、雨が激しく降り、人から止められた。しかし「簑傘を貸してくれ」と用意してもらい、出かけて行きました。その時、登蓮法師の話にある「ますほの穂」のことを思い出し、この句を作って手向けたという。登蓮法師の故実は、徒然草(百八十八段)にあり、次のような話です。
 ある人が「ますほの薄というものがある、それについては渡辺の聖がよく知っている」と言った。
 登蓮法師という僧はそれを聞いて、外は雨が降っていたが「簑笠を貸してほしい、そのススキのことを知りに渡辺の聖をたずねに行く」と言った。
 皆は、「雨が止んで行けばいいではないか」と止めた。
 しかし法師は「人の命は雨が晴れるのを待ってくれるだろうか。私が死に、聖もいなくなったら、どうやって知ることができようか」と言って出かけた。
 「善は急げ」「敏なれば則ち功あり」とは、このことです。
  ※「ますほの穂」は穂の長いススキのこと。      

稲妻にさとらぬ人の貴さよ 〔芭 蕉〕

 「ある智識ののたまはく、なま禅大疵(おほきず)の基(もとひ)とかや、いと難有さに」という前書きがあります。
 稲妻の光りを見て、この世のすべては、この電光のように儚(はかな)いと感じて悟りを開く人がいるとしても、そんなものは一時の気の迷いに過ぎない。悟ってもいないのに悟ったかように勘違いする生禅(なまぜん)は大けがのもとだ、と教えてくれた老僧の言葉は実に有り難いものだ。むしろ少しも悟りを得ないと自覚している方が尊いのだ、という句意でしょう。
 正岡子規の次の言葉に通じるものがあります。
 「余は今まで禅宗のいわゆる悟りという事を誤解していた。悟りという事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思っていたのは間違いで、悟りという事は如何なる場合にも平気で生きている事であった」(「病牀六尺」)
 悟りとは瞬間ではなく持続です。      

虫干しの寺に花咲く蘇鉄かな 〔吉田冬葉〕

 虫干しは夏の土用の晴れた日に、衣類や書物を陰干しして、黴(かび)や虫の害を防ぐことをいいますが、寺院でも経典の虫干しを年中行事として行います。
 これは一休禅師の虫干しの逸話。
 ある夏のこと、禅師が比叡山に登った時、折しも一切経の虫干しの最中で、この経文を吹く風に当たるのはご利益があるというので、多くの信者が参詣にやって来た。その様子を見た禅師は、「では、わしも虫干ししようか」と言って、経蔵の傍(かたわら)の木蔭で、裸になって横になった。それを見た比叡山の役僧、「こんな所に裸で寝られては、参詣に来た人達の信仰心に水を掛けるようなもの。止めてくだされ」と咎めると、禅師は、「紙に書いたお経と、話もすれば法も説くワシというお経と、どっちが有り難いのだ」と一喝。役僧は返す言葉がなかった、と。      

樹も草もしづかにて梅雨はじまりぬ 〔日野草城〕

 草木も花を収めて雨に潤う時節です。梅雨はときには長雨となり、終日終夜降りつづくことがあります。自然の運行なのですが、人は自分の都合で、天気が良いとか悪いとか言います。天帝の気持ちはさておき、多くは自分に合わせて可否を論じます。
 日和(ひより)下駄を商う長男の商売を案じて今日の雨を憂い、傘屋の次男の商売を心配して日照りを恨む老母のたとえもあります。
 悪い方に受け止めて暮らすより、雨も日照りもどちらかの恵みと考えて暮らす方が、楽天的ながら無難といえましょう。(中略)
 遮莫(さもあればあれ)、蕭々軒の雨もやがては止むはずです。そしたら境内の草取りと己が雑念を払わなくてはなりません。(文:遠藤長悦老師)      

いうぜんとして山を見るかはずかな 〔一 茶〕

 陶淵明(とうえんめい)に「悠然見南山(悠然として南山を見る)」という有名な詩句があります。これをもじって、じっと上の方を見ている蛙を表現したのでしょう。
 悠然と山を見ているような表情の蛙には、どこか仙人の風貌すら感じられます。蛙の気持ちになって世界を見ると、山や空はどう見えるのでしょう。
 「かれ(蛙)はぽつかりと空を覗き見ながら、まだ青空であることに失望をかんじたかどうかは知らない。たゞかれが覗き見たとき広大なる地球には何の異変はなかつたが、既に遠い山々には雨脚がみだれてゐることを感じた。そのためか、蛙はしばらく水面で凝乎(じっ)としてゐた。……片足を川骨の茎にしがみつかせたまゝ、かれは何事もない身の平安を感じてゐたらしかつた」(室生犀星「蛙」)
 小さな生物の目で、物を見るのも面白いことです。      

花よりも鼻に在りける匂ひ哉 〔守 武〕

 花には香りがあるといっても、それは結局、鼻で嗅ぐから匂うのだという意味ですが、おわかりのように、「花」と「鼻」を洒落て言ったところに面白さがあります。
 仏教では、感覚や意識を生じる働きを、眼・耳・鼻・舌・身・意の六つに分け、六根(ろっこん)といいます。またその六つの器官のそれぞれの対象となるものを、色・声・香・味・触・法に分け、六境(ろっきょう)といいます。
 六根の「鼻」が、六境の「香」を認識するから、花は匂うのですが、また六境(外界の対象物)はしばしば心を惑わし、欲望をつのらせたりするので、六塵(ろくじん)ともいわれます。
 仏教は、心や精神的な働きこそ本質的なものと考えますから、鼻のはたらきがなければ花の香りもないというのは当たり前といえるでしょう。      

仏生会をさなき顔はみな仏 〔山本輝明〕

 四月八日はお釈迦さまの誕生を祝う日で、灌仏会・仏生会・降誕会・花祭りなど、さまざまな名称で呼ばれています。
 今から2500年ほど前、お釈迦さまはインドの(今はネパール)ヒマラヤのふもと、カピラ城というお城近くのルンビニーの花園でお生まれになりました。生まれたばかりのお釈迦さまは、すぐに七歩歩かれ、右手で天をさし、左手で地をさして「天上天下唯我独尊」(この宇宙の中で唯だ我れ独り尊い)と声高らかに宣言されたといいます。
 しかしこれは何も仏さまだけでなく、生まれたばかりの赤ちゃんは、「オギャー」という泣き声で「唯我独尊」を主張しているのではありませんか。そして幼い子たちは皆、仏さまの性質(仏性)を汚さずにいるから、かわいいのです。      

あたゝかに冬の日なたの寒き哉 〔鬼 貫〕

 「あたたかに」と書き出して「寒き哉」で結ぶのは、初めと終りが反対ではないかと思われそうです。
 しかしこの矛盾していると見える所が、実は本当であるところに、冬の日の微妙な感じがうまく表現されています。
 冬の日向のあたたさは寒さと隣合わせで、春や秋の日なたとは違います。冬は寒い。でも寒いながらも日向のあるところは暖かい。とはいえ、暖かいといってもそれは日の当たっている所だけで、少しでも日陰に入ると寒く感じます。
 つまり矛盾しているのは言葉の方ではなく、寒暖が同居している冬の日にあるわけです。
 これは人生についてもいえることで、楽と苦、福と禍、生と死など相反するものが実は同居しているのです。      

そのあとは子供の声や鬼やらひ 〔一 茶〕

 立春の前日は、冬の季節から春の季節への変わり目ということで節分と言いますが、その節分の日に、除災招福をする行事が節分会で、もと中国から伝わったものです。
 この日、煎った大豆を撒いて鬼を追い出し、厄払いをしますが、昔は「追儺」「鬼やらい」といい、毎年の大晦日に行われる宮中の年中行事でした。
 この豆撒きが後に民間に伝わり、各家ではその家の主人が年男となり、「福は内、鬼は外」と唱えながら豆を撒いてゆきます。すると、その後をうけて、また「ふくはーうちー、おにはーそとー」と、にぎやかに連呼するのが子供たち。
 子供たちの声のおかげで、夜の静かな中にも華やいだ気分が家中に満ち、鬼はこんな賑やかな家にいるのはうるさくてかなわんと出てしまいます。